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【読書】羆嵐

クマを漢字で書くと「熊」になる。
だが、ヒグマを「羆」と表すことを知っている人は少ないに違いない。恥ずかしながら、私は四十代後半に至るまでこのことを知らずにいた。

吉村昭氏の「羆嵐」を知ったのは数年前、それは確か新聞の書評であったように記憶している。そしてこの題名は「ひぐまあらし」ではなく「くまあらし」と読む。

内地、ことに私のように動物園でしか熊を目にしたことがない人間にとって、熊は別世界の生き物のように縁遠い存在である。地方で熊が出没したと報じられても、まるで別世界での出来事のようにしか感じられない。

近所にズーラシアという大きな動物園がある。
時折散策を兼ねて園内を歩くのだが、金網越しに見る動物たちはいかにも無害そうだ。それなりの動物舎が与えられ、食物も過不足なく得られる彼らは、一過性の微笑ましさすら与えてくれる。

野生動物もいないことはないが、食べ物を求めてか団地の中にタヌキやハクビシンの姿を時折見かける程度である。こうした日常生活において、動物は基本的にかわいいものなのだ。

大正四年十二月九日。
天塩の山中、いわゆる開拓民が拓いた三毛別(さんけべつ)という名で呼ばれる決して豊かではない村を羆が襲った。「羆嵐」は、現実に六名が羆の文字通り餌食になった実話を基に描かれた小説である。

恥ずかしながら、吉村作品は初めて読む。得てして高名な作家の作品ほど読んでいないものだが、この作品は今まで読まなかったことが悔やまれるほどの一品であった。

ネタバレをするのは好むところではないので簡単に感想を述べるが、とにかく文章が淡々としている。が、それがどんな修飾よりも羆に対する恐怖を表しているのは興味深い。

人間たちも黙っているわけではないが、得物を手にしながら巨体の幻影に一様に腰を抜かすありさま。捕食する側とされる側というだけではない、ある意味滑稽でありさえする描写もある。圧倒的な力の差を感じたとき、人はきっとこうなるのだろう。

書名の羆嵐とは、自然界における人間とやらの無力さをあたかも嵐に抗う様子にオーバーラップさせて表現したものだと思っていたが、それとは異なることが作中で明らかにされている。また、熊撃ち・山岡銀四郎の気性にもかけているのかも知れない。

一読をお勧めしたい。

【トウキビ】
沖縄や内地の人間にとってトウキビとはサトウキビだが、北海道ではトウモロコシの意味である。

吉村昭 「羆嵐」 新潮社(新潮文庫 よ-5-13)

1982年(昭和57年)初版 550円

 

次に読みたい:「慟哭の谷 北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件 」(文春文庫)